成るか、20年目の正直?・・・全商品に電子タグ
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2017/04/30
経産省が「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を策定
経産省は2017年4月18日、「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」というものを発表した。これは、2025年までにセブンーイレブン、ファミリーマート、ローソンを含む5社の大手コンビニが、全商品に電子タグを貼り付けるというものである。対象商品の個数は年間1,000億個と推定されるという。その第1ステップとして、5社は2018年を目処に、特定地域で実験を開始するということだ。
経産省は、本プロジェクトの推進について、「一定の条件の下で」コンビニ5社と合意に達したという。その条件とは、電子タグの単価が1円以下になること、ソースタギング(メーカーが商品に電子タグを付けること)が実現することの2点だそうだ(1)。
本件は同日の日本経済新聞の1面トップでも「全コンビニに無人レジ」として取り上げられた(2)。
本プロジェクトが成功すれば、流通革命の実現につながるが、はたしてどうだろうか? 先ず、先行している米国等の実態を見てみよう。
海外の小売業の悪戦苦闘の実態は?
20年前に計画がスタート
全商品に電子タグを取り付けようという計画は、1999年にケヴィン・アシュトンがMIT(マサチューセッツ工科大学)にオートIDセンタ(現:EPCglobal)を設立して始まった。準備期間を含めると今から約20年前のことだ(3)。
当初の考えは、全商品に、その製造から流通、販売、中古品の扱い、廃棄に至るまで一貫した番号を持つタグを付けておくことによって、流通・販売の合理化を図り、盗難の防止、不良品の追跡、適切な廃棄方法の選択等に役立てようというものだった。従来のバーコードでは情報量が足りないが、近年開発されたRFIDの技術を使った電子タグを商品に貼り付ければ、こういうことが可能になると考えられた。この考え自体は現在も生き続けている(3)。
そして、当時採用された無線通信方式や周波数帯域、商品のコード体系などは現在も使われている。しかし、この計画の実現は容易ではなかった。業界の先頭を切って推進したウォルマートを中心にその状況を見てみよう。
ウォルマートが商品のパレットやケースに適用
当時は電子タグが高価で、個別の商品に付けることは難しかった。そのため、ウォルマートはまず商品を運搬する時に使うパレットやケースにタグを取り付けようとした。そして同社は、上位の100社に対し、2005年からタグを取り付けることを義務付けると発表した(3)。
しかし、商品の納入業者は、負担が増えるためこの要請に強く反発した。そして、タグをパレットやケースに付けるだけで個別の商品に付けないのでは、レジでは使えなかった。
ウォルマートが倉庫型店舗に適用
そこでウォルマートは、2008年から同社のSam's Clubという倉庫型店舗で電子タグを使うことに戦略を変更した。倉庫型店舗とは、日本で営業しているコストコのように、商品を梱包状態のまま売り場に陳列しておき、梱包単位で販売するものである。この種の店舗では、販売単位が大きいため、全商品に電子タグを付けることが比較的容易だろうと考えられた。
ウォルマートが戦略を見直し、先ず衣料品に適用・・・世界中で定着
その後ウォルマートは、リーマンショックの不況のせいもあり、従来の計画を反省し、次のように戦略を変更した。
(1) 同一商品について、色、サイズ等種類が多く、他の方法では在庫管理が困難なものに絞る。
(2) 単価が高く、電子タグのコスト負担が小さいものに絞る。
(3) 納入業者に一方的に強要するのを改め、協力を求める姿勢に変える。
(4) 100%の適用は困難なためレジへの適用は当面見送る。
その結果、2010年から男性用のジーンズと下着に限定して適用することにした(4)。
他の小売業者も衣料品等に限定して電子タグの適用を始めたところが多い。英国のマークス&スペンサー、スペインのザラ(Zara)、米国のターゲット、メイシー等だ。メイシーは2017年末までに全商品に適用すると言っているが、全製品への適用を完了し、レジもすべてバーコードから電子タグに切り替えたところはまだないようだ。
経産省のプロジェクトの問題は?
上記のような欧米の小売業者の悪戦苦闘の状況から、経産省のプロジェクトには次のような問題があると思われる。
まず第1に、タグの単価が1円以下になることを前提にしていることだ。タグの仕様は全世界共通なので、その単価も全世界で同レベルになる。確かに、まとめて購入すれば安く入手できるだろう。しかし、たとえ日本のコンビニがまとまったとしても、全世界の消費量に比べればわずかなので、世界のタグの単価への影響は限られたものだろう。
現在、タグの単価は7~15セント(約8~16円)と言われている(5)。約20年前に現在のEPCglobalが活動を始めた時、タグの目標価格は5セント(約5円)と言っていた。当時に比べればタグははるかに安くなったが、いまだにこの目標は達成できていない。従って、単価が1円以下になるのはまだ相当先の話だろう。
タグの単価を下げるためにはその消費量を増やすことが不可欠だ。消費量を増やさないでタグが安くなるのを待っていても、いつまで経っても安くならない。そのため、タグのコスト負担が軽い高価な商品から順次適用し、徐々にタグの消費量を増やして、単価の低減を図る必要がある。単価が充分安くなったら、一挙に全商品に適用しようと思っていたら、永遠にそんな時期は来ない。こういう点から、電子タグの適用を商品の単価が安いコンビニから始めるのは適切とは思えない。
このプロジェクトで日本のタグメーカーをどう扱おうとしているのか分からないが、日本のタグメーカーは全世界に販売することを目標にすべきだ。海外で競争力がなければ、日本でも存在理由がないのは他の製品と同じである。タグを使う方は、海外の製品の方が安ければそれを使えばよい。競争力がない高いタグを無理やり使わせて、小売業まで共倒れにさせるのは馬鹿げた話だ。タグメーカーの育成をどうするかは、日本の半導体産業の問題の一つとして切り離して考えるべきだ。
第2に、ソースタギングを前提条件の一つとしていることも問題だ。商品の製造業者がタグのメリットを享受できなければ、ソースタギングは進まない。従って、ソースタギングは、このプロジェクトの中で、小売業者でのタグの適用と並行して進め、在庫管理、不良品の追跡等で、製造業者にもメリットがある運用方法を両者が協力して検討することが必要だ。何もしないでソースタギングの実現を待っていても、そういう日が来ることはない。そして、製造業者の同意なしに、無理やりソースタギングを強要してもうまくいかないことは、当初のウォルマートの失敗が示す通りだ。
第3に、海外と足並みをそろえることが重要だ。日本の小売市場には海外からの輸入品が大量に出回っている。そして海外では、前記のように衣料品への電子タグの適用が先行している。衣料品同様、ある程度以上高価で種類が多い商品として、靴、タイヤなどへの適用も検討されているようだ。日本でもこれらの製品から適用を始めるのが効率がよく、現実的だと思われる。
疑問プロジェクトのオンパレード
経産省のプロジェクトには、過去にも問題の多いものが多かった。最近10年だけでも、下記のようなものがある。
2007年から2009年にかけて「情報大航海プロジェクト」を進めた。これは、今後はインターネット上で、画像、映像、各種センサの出力等、非テキストデータの情報量が爆発的に増えると予想されるため、そういうデータの検索に適した仕掛けを開発しよういうものだった。そしてこれは、全体として一つの明確な目標に向かって進められたものではなく、相互に独立した計画を公募して予算を付けたものだった。このプロジェクトの報告書では当初の目標を達成し、成果が得られたことになっている(6)。しかし、外部にはそれを疑問視している人も多い(7)。
2008年から2009年にかけて、「J-SaaS」という、SaaSのサービスを提供するセンタを構築した。しかしこのプロジェクトは、別の記事に記したように、当初から疑問が多いものだった(8)。
2012年から2015年にかけて、書店で電子書籍を販売するプロジェクトを推進した。しかしこのプロジェクトも、別に記したように発想自身に問題があり、結局4店舗で実施されただけだったようだ(9),(10)。
開発計画にリスクはつきもので、失敗を恐れていては新しいことは何もできない。しかし、目標が見当違いだったら、たとえ部分的には成功しても得るものは少ない。経産省の近年のプロジェクトには、計画そのものに疑問があるものが多いように思う。納税者として誠に嘆かわしい次第である。
[関連記事]
(1) 「『コンビニ電子タグ1000億枚宣言』を策定しました~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~」、2017年4月18日、経済産業省
(2) 「全コンビニに無人レジ」、日本経済新聞、2017年4月18日 (ウェブの記事は会員限定)
(3) 酒井寿紀、「バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向」、「Computer & Network LAN」、2004年1月号、オーム社
(4) 「Wal-Mart Relaunches EPC RFID Effort, Starting With Men's Jeans and Basics」、RFID Journal、2010/7/23
(5) 「How much does an RFID tag cost today?」、FAQs、RFID Journal
(6) 「平成19~21年度 情報大航海プロジェクト 評価用資料」、2011年1月7日、経済産業省商務情報政策局情報処理振興課
(7) 萩原栄幸、「国産検索エンジン開発が頓挫した先にあるもの」、2013年2月1日、ITmedia
(8) 酒井寿紀、「国策SaaSの七不思議」、OHM、2010年10月号、オーム社
(9) 酒井寿紀、「『リアル書店』で電子書籍を販売!」、OHM、2014年3月号、オーム社
(10) 酒井寿紀、「どうにも止まらない!・・・リアル書店での電子書籍販売」、Tosky's IT Review(ブログ)、2015年3月9日