No.507 酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2005/12/05
インターネットで「国家」がなくなる?
米国が多国間管理を拒否!
インターネットは、もともと米国で軍事用に開発されたものが全世界に広がったものなので、その根幹のシステムはずっと米国政府の管理下にあった。しかし、インターネットが全世界で使われるようになったためクリントン政権はその限界を感じ、1998年にICANNという非営利の民間団体を設立して、そこにインターネットの管理業務を移管することにした。当初2000年までに移管を完了する予定だったが、何回か延期が繰り返され、現在は2006年9月に移行期間が終わる予定である。
こういう状況の下で国連が2001年12月に、2003年12月と2005年11月にインターネットについてのサミットであるWSIS (World Summit on the Information Society)を開催することにした。これは、もともとは国家間のインターネットの普及の差からくる問題(ディジタル・ディバイド)の解消を主目的としたものだったが、次第にインターネットの管理が大きい問題になってきた。そこで2003年12月のジュネーブでのWSISで、インターネットの管理についてWGIG (Working Group on Internet Governance)というワーキンググループを設けて検討することになった。
このワーキンググループは2005年6月に今後のインターネットの管理について4案を提示した。その第1案は、現在米国の商務省やICANNが担っているインターネットの管理業務を各国政府の代表によって構成される国連配下の組織に移し、実務を担当するICANNをその下に位置づけるものだった。現在のICANNを存続させる案も第2案として提示されていた。しかし米国政府は第1案が採択されることを恐れ、米国商務省のNTIA (National Telecommunication and Information Administration)が米国の方針を表明した。それは、インターネットの安定的稼動を保証するため、インターネットの根幹となるアドレス付けのファイルの更新などについては米国が従来からの役割を今後も担っていくというものだった。そして、ICANNはインターネットのアドレス管理についての適切な組織であり、米国政府は今後もICANNを監督していくと主張した。
また米国国務省も8月15日にインターネットの管理について声明を出し、ICANNによるインターネットのアドレス管理を今後も支援すると表明した。米国は国をあげてWGIGの第1案には反対の旨表明したのである。
しかし、その甲斐もなく9月末のWSISの準備委員会でEUが爆弾提案をした。それは、IPアドレスやドメイン名などの基本方針について、多国間政府が参画するしくみを作るものだった。この提案はEUがイラン、中国、キューバなどの要求と米国の間を調停しようとしたものだった。しかしこの提案は、米国務省で国際通信情報政策を担当しているデイビッド・グロス大使の猛反発によって日の目を見なかった。同大使は「国連であろうとなかろうと、多国間組織がインターネットを管理するべきではない」と言う。1) 多国間管理にすれば官僚主義に陥って問題の迅速な処理が行われず、また非民主的国家の介入で言論の自由が妨げられるというのがその理由である。
そのため、2005年11月にチュニスで開催されたWSISのサミットで現在の米国中心の管理の継続が認められた。このサミットではIGF (Internet Governance Forum)という、インターネットの共通問題を多国間で協議するフォーラムを国連の配下に設けることが決議された。しかしこのフォーラムは、現在ICANNが実施しているようなインターネットの管理の実務には関与せず、インターネットの監督を目指すものではない。2)
「国家」がなくならないと・・・
インターネットは今や全世界で日々情報の配信や交換、商品や株の売買、資金の移動などに使われている。そのユーザーは全世界で約10億人に達する。そして、IPアドレスやドメイン名の割り当ての方針、ウィルスやSPAMの問題など、統一的な対応が要求される問題も多い。全世界の共通問題を処理する機関としては国連があるが、各国の利害の対立でものごとが迅速に進まないのは周知の通りだ。
一方、IPアドレスやドメイン名は電話で言えば電話番号のようなもので、ルート・サーバーは電話で言えば中心となる電話局の交換機に当たる。電話ではこれらは電話会社のトップの意思の下に日々の運営・管理が行われ、また長期的なサービスの向上が計画される。従って、インターネットでも同様に一人のトップの意思の下で迅速に、また計画的に動く組織が要求される。
この相反する要求を両立させることは、現在の国際政治の下では難しい。従って当面は米国が主張するように、現在の米国中心の管理を継続するしかないだろう。しかし、政治や軍事の世界で米国のユニラテラリズム(一国主義)がほかの多くの国から猛反発を食らっているのと同様に、インターネットの世界でも米国中心に対する反発は今後ますます高まるものと思われる。
産業革命の進行で、時代にそぐわなくなった封建領主による支配が地上から消えていったように、インターネットの利便性を全世界が真に享受できるようになるには、現在の「国家」が地球上からなくなるしかないのかも知れない。
1) “EU and U.S. clash over control of Net” Herald Tribune, September 30, 2005
2) “World Summit on the Information Society Hailed as Resounding Success” ITU/WSIS, 18 November, 2005
(http://www.itu.int/wsis/newsroom/press_releases/wsis/2005/18nov.html)
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