No.505 酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2005/07/18
非標準無線LANにご注意!?
無線LANの次期標準は?
現在全世界で使われている標準の無線LANは、IEEEの規格の 802.11a、802.11b、802.11gのいずれかに準拠したものである。これは、伝送速度が最大54Mbps (11aと11g)で、通信距離は最大100m程度である。そのため、無線LANの次期標準規格である802.11nの大きい課題は、伝送速度を100Mbps以上にあげることと、通信距離を延長して、より少ない基地局で一定のエリアをカバーできるようにすることだ。
これらの課題を実現する仕様を、IEEEの作業部会の"Task Group n"で、2003年から検討中である。今迄に、次の二つのグループが提唱する案に絞られた。一つはTGn Sync (Task Group n Synchronization)というグループで、Atheros、Intel、サムスン、ソニー、松下、Philips Electronicsなどがメンバーである。もう一つのグループはWWiSE (World Wide Spectrum Efficiency)といい、Airgo、Broadcom、Motorola、Texas Instrumentsなどがメンバーだ。しかし、より賛同者の多いTGn Syncの案も、今のところ、まだ採用に必要な75%の賛同を獲得していない。
次期標準規格は、当初の計画では、今年の7月に制定する予定だったが、現在、作業が1年以上遅れている。しかし、両案とも、空間多重方式のMIMO (Multiple-Input Multiple-Output)という技術をベースにしており、すでにIntelは今年6月に、将来の802.11nへの適合も配慮した無線LAN用LSIのプロトタイプを発表した。従って、いずれ妥協案が採用され、近年中には製品が現れるものと思われる。
非標準の無線LAN出現!
こういう状況の下で、いくつかのメーカーが、まだ決まっていない次期無線LANの技術の一部を先取りして製品化を始めた。そして、それを採用する企業も現れた。
1998年に設立された、Atherosという、米国の無線LAN用LSIのメーカーは、無線LANの20MHzの帯域を二つ使って、最大108Mbpsに高速化するLSIを販売している。同社は、このほか、ソフトウェアでバースト・モードやデータ圧縮をサポートして高速化を図ったり、また、複数のアンテナを使った、ビーム・フォーミング、合成ダイバーシティという技術により、高速化や距離の延長を図ったりしている。
そして、米国のNetgear、日本のIOデータ、Planexなどの機器メーカーが、AtherosのLSIを使った無線LAN製品を販売している。また、NECはノートPCの内臓無線LANに全面的に同社のチップを採用し、Hewlett-Packard、サムスン、富士通なども一部のノートPCに同社のチップを採用している。そして、今年6月には、ライブドアが、新しく始める公衆無線LANサービスに同社の製品を使うと発表した。
また、2002年から活動を始めた、Airgoという米国企業は、2003年8月に空間多重によるMIMOを使った無線LAN用LSIを発表した。これも最大108Mbpsで、通信距離は従来の2〜6倍だという。同社はこの技術を"True MIMO"と呼んでいる。上記のビーム・フォーミングなどは本当のMIMOではないと言いたいようだ。また、これを"pre-n"とも称している。これが802.11nの規格になるよう、名前に示した。
Airgoのチップは、米国のBelkin、Netgear、Linksys (Ciscoの子会社)、日本のBuffalo、Planexなどがルーターや通信カードに採用している。また、今年6月、サムスンがノートPCにこのLSIを使うと発表した。
一方、パソコンの最大手であるDellなど、現在のところノートPCにAtherosやAirgoの製品を使っていない企業も多い。
使うか、使わざるか、それが問題だ。
これらの非標準の技術を使うことによって、少なくとも短期的には、他社に対し差別化を図ることができる。しかし、非標準の技術を使うと、いろいろな問題を背負い込む覚悟が必要だ。
まず、互換性の問題がある。無線LANについては、アクセス・ポイントの機器とパソコンが同一仕様でなければ、高速化などの効果がまったくないか、著しく減少する。従って、企業内や家庭内はともかく、一般大衆が使うホット・スポットでは、こういう非標準仕様の価値は半減する。また、次期仕様の802.11nの機器が出回り、それらと接続したとき、伝送速度や通信距離がどうなるか不明だ。企業や家庭で、全機器をいっせいに切り替えないと、今までできたことができなくなる恐れがある。
次に、シングル・ベンダーのリスクがある。供給元に万一のことがあったとき、製品の調達ができなくなる恐れがある。Intelもシングル・ベンダーになることがあるが、創業から30年以上経つ、売上300億ドル以上の企業と、数年前に設立されたばかりの新興企業ではリスクが違う。
第3に、生産量の違いによる高コストがある。標準仕様のルーターや通信カードに比べ、これらの特殊仕様のものは2倍以上高いものが多い。そして、次期標準仕様が制定されたとき、それと現在の特殊仕様との両方をサポートすることが要求されるため、高コストは次世代以降も尾を引く。標準仕様は一つだが、特殊仕様は毎年のように新しいものが現れているので、すべての仕様を包含した製品を作るのは大変だ。
無線LANは、その他のネットワーク製品と同様、あくまで標準仕様の製品を使うのが基本である。新興企業が、リスクを犯して既成マーケットに殴り込みをかけるのは一つの戦略だ。しかし、それに付き合うと、上記のようなマイナス面もあるので、慎重に判断する必要がある。「リスクを取らなきゃ他社に勝てない」「君子危うきに近寄らず」 両方とも真理である。さて、あなたはどっちを選びますか?
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