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No.404                            酒 井 寿 紀                      2004/05/06


作られた日米対決   ICタグの記事にご用心

 

416日の日本経済新聞に「ICタグ 日中韓が規格統一 アジア陣営、世界標 準狙う」という記事が載っていた。「日本、中国、韓国が『ユビキタスIDセンター』の日本規格を標準規格とすることで合意した。欧米では『EPCグローバル』が別の規格の実用化に動いているが、日本規格が量産技術で先行している」という趣旨の記事で、両規格の比較表を掲載している。この比較表の各項目について見てみよう。

比較表は、日本規格の参加企業は352社で、欧米規格の参加企業は100社だという。しかし、欧米規格については、世界最大の小売業のウォルマートが20051月までに上位100の納入業者に適用を義務付け、2006年末にはそれを全納入業者に広げる計画である。ドイツ最大の小売業であるメトロも2005年始めから上位100社に適用を義務付ける。米国国防省も20051月から納入業者に本規格の適用を義務付けると発表した。また、イギリス最大の小売業のテスコ、フランス最大の小売業のカルフールも本規格の採用を検討中だという。

これらのユーザーの動きにあわせ、大企業ではIBM、インテル、サン・マイクロシステムズ、SAPなどが本規格に関連する製品やサービスの営業活動を始めた。そして、この市場への参入を図るベンチャー企業も数多く現れている。

この欧米規格を推進しているEPCグローバルは、全世界の商品用バーコードを管理しているEANUCCの配下にあり、各国のEANの組織が本規格の検討を始めている。アジア諸国でも検討が始まっており、日本では流通システム開発センターが本規格を使用する企業の募集を始めている。

一方、日本規格については、実証実験が一部で行われているだけで、小売業が本格的に採用する動きはまだない。従って、比較表の参加企業数は両規格の実用化の進捗状況を正しく伝えるものではない。

次にこの比較表は通信周波数が、日本規格は2.45GHz13.56MHzで、欧米規格はUHF帯(900MHz付近)であると言う。しかし、フィリップスは13.56MHzの欧米規格のICタグを販売している。そして、日本では今までは900MHz付近の周波数はICタグには使えなかったが、総務省が今年中には開放する方針を示しており、そうなればこの周波数帯域もICタグに使われるようになるだろう。

EPCグローバルも各国の周波数規制を考慮する必要性を認めていて、すでに複数周波数を扱うリーダー/ライターの検討も行われている。

またこの比較表はICタグのビット数が、日本規格は128ビットで、欧米規格は96ビットだと言っている。確かに現状はそうだが、ウォルマートや米国国防省も96ビットでは足りないと言っていて、EPCグローバルは128ビット、256ビットも想定しているという。いずれにしても、従来半導体技術の進歩によって、同じチップサイズのメモリのビット数が約3年ごとに4倍になり、今後もしばらくはこの傾向が続くので、現時点でのビット数の多少の違いに本質的な意味はない。

そしてこの表は「利用目的」が、日本規格は「トレーサビリティー、在庫管理、情報配信」で、欧米規格は「物流管理、在庫管理」だと言う。確かに国によってニーズに多少の違いあるだろう。しかし、欧米規格が狙っているように全商品にICタグが付くようになれば、トレーサビリティーはその応用の一つとして実現でき、逆に商品にICタグが付いてなければ、トレーサビリティーのためだけにICタグを付けるのは、消費者の費用負担が大きく難しいだろう。そして、商品に関する情報の配信は欧米でもICタグに期待されている大きい役割の一つである。

このように、日本規格と欧米規格は全面的に対立しているわけではない。そして「日本規格」といっても、現在認定されているのは、日立製作所の2.45GHz128ビットのもの、凸版印刷の2.45GHz/915MHz1,024ビットのもの、ルネサステクノロジの13.56MHzEEROM36KBROM128KBのもの、富士通の13.56MHz2KBのもの(2種ある)の計6種だけである。これらは仕様も適用分野もそれぞれ異なり、リーダー/ライターの互換性もないので、実態はとても「日本規格」などと言えるものではない。そして、一般の商品に適用して在庫管理やPOS端末で使うためには、安くするためにビット数が少なく、かつ、数10cmの距離で読み取れる必要があるが、この両条件を同時に満たす製品は上記の中には一つもない。

一般の商品に適用されて、多数の商品メーカー、多数の小売業によって使われることによって、はじめて量産効果でICタグが安くなり、本格的に普及する。そして、複数のメーカー、小売業で使われるためには標準化が不可欠なので、こうして使われだしたものが全世界のデファクト・スタンダードになるだろう。全世界の商品の市場が一つになりつつある時代なので、国ごとに違う規格など考えられない。

従って、現在日本がなすべきことは、世界の標準がどう決まりつつあるかを見極め、それが日本にとっても都合がいいものになるように働きかけることであって、対立する仕様を提案することではない。

企業や団体の発表がある程度一面的になるのはやむを得ない。しかし、メディアはその発表内容を一歩離れたところから冷静に眺め、全世界の状況の中での位置づけを正しくつかんで報道する必要がある。

ここでは日本経済新聞の記事を取り上げさせて頂いたが、これはほんの一例で、同じような論調のものがはなはだ多い。ICタグの記事にはくれぐれもご用心を!!


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